遙の日記・独り言

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12月その1


宴会シーズンだ。
「遙さんは、ぜひこの席に」と上座を勧められた。
「そうですか?」と座ると、ウェイターが食前酒を私に頭からグラスごと落とした。
全身、酒まみれになった。
招いた人は怒り、ウェイターは泣きそうになり、店長がひれ伏しに来た。
店中の客が私を見た。
なんで、いつも、こうなるんだろう・・・。





12月その2


「カニ食べたい」と、お世話になった方が言うので、カニコースを料亭で頼んだ。
カニしゅうまいとか、カニかぶら蒸しとか、カニご飯とか、カニグラタンとか出た。
ずっとカニ食べて、いつまでたってもカニ食べてないような、不思議な感覚だった。
フルコース食べ終えてなお、「カニ食わせろ」と叫びたかった。





12月その3


カニ食べに山陰地方の温泉に行った。
2匹まるごと、カニだけ食べた。
前菜も、野菜も、ご飯もいっさい食べず、カニのみ食べた。
カニ食べに行くとは、こういうことだ。わかったか!、と、腹たたいて寝た。





12月その4


関西の仕事で、楽屋に訪ねてきた人がいた。
私の学生時代の同級生だというが、顔も名前も思い出せなかった。
その女性は学生時代のエピソードを語った。
「ほら!あなた学生時代、皆の前でストリップごっこやったじゃない!」
・・・・やった。
「それに、オリジナルのアイプチテープ作って皆に配ってたじゃない!」
・・・配った。
「それに、それに・・・」
もうやめてくれぇ、と、思った。
絶対、確かに、まちがいなく、同級生だった。
忘却の彼方に消えうせた私の青春時代の記憶は、他人の中で生きていた。
そこでの私はやっぱ、変な奴だと落ち込んだ。





11月その1


クレソンをダンボール一箱もらった。
さっそく失楽園鍋やった。
1人では食べきれないので、失楽園鍋のレシピやカモ肉と一緒にあっちこっちに配ろうと思った。
百貨店の肉屋で「カモ肉ください」というと、「うちは肉屋です。カモ肉は鳥屋です」と言われた。
・・・知らんかった。





11月その2


宝塚のトークショーをやった。
『朝まで生テレビ』より緊張するのが宝塚の仕事だ。
スターは私の体の3分の2の厚みしかない。
そのスターにじっと見られるだけで、
「おまえ、昨夜寝る前にケーキとかラーメンとか食っただろ」
と、軽蔑されているような錯覚を覚える。
そして・・・確かに・・・食っている・・・。





11月その3


奈良の山奥、仕事が始まるまで時間があったので、一人でレストランに入った。
ゆっくり時間をつぶしていると、お客さんが声をかけてきた。
「ここに1人でいると、仕事関係者に言ってきてあげようか?」
「いりません」
「じゃ、楽屋かどっか、案内しようか?」
「いりません」
「なんでここに1人でいるの?」
「1人が好きなんです。一人っきりになりたいから、一人でいるんです」
知らない人にまで、1人でいることの理由を言う日々に、涙が出そうになった。





11月その4


2000人のホールで講演だ。私の講演の後に、ミュージシャンのライブが予定されていたイベントだった。
ミュージシャンが舞台に上がると、2000人が「キャーッ!!」と言った。
みな、私の講演を聞きにきたのではなかった・・・。
誰ひとり、私の話を聞きたくない満席の客の前で、喋った。
なんでこんなオモロイことばっかり自分の身に起こるんだろうと思う。






10月その1


宝塚に行った。
絶対、劇場二階のうどんを食べるんだ。
見ると、カウンターでは女性が1人で幕の内を食べていた。
自分へのプレゼントで今日、1人で宝塚に来たんだ、と思うと、
幕の内食べる女性の背中が愛おしかった。

休憩では、絶対、二階の和菓子と抹茶食べるんだ。
そして、お土産はオレンジウェハウス買うんだ。絶対。 帰りは、そして、絶対、苦楽園のイタリアン「ペリゴール」に行くんだ。

チョーうれしい、一日。





10月その2


胃の痛くなるようなプレッシャーの強い番組に出た。
楽屋で1人いると、「病気になりそうだ」と心から思った。
プロデューサーが来たので「病気になりそうだ」と言った。 そのプロデューサーも、くちびるが真っ白だった。
きっと彼も体調が悪いのだろう。

本番後、その番組の共演者が私に挨拶に来た。
「実は僕、病気になりましたので、明日からしばらく休みます・・・」
「やっぱり」とうなだれた。





10月その3


公園をジョギングした。
いつまでも、永遠に走れそうな気がした。
太陽を浴びて、森林の間を走ると、病気のモトが消えていくのが分かった。

 ドラマが芸術祭参加ドラマに選出されたとの一報が入った。 へぇ。いいこともあるんだ、と、嬉しかった。





10月その4


クラッシックコンサートに行った。
休憩中にケーキを食べる私の様子を見て、ご一緒した方が突然言った。
「これからすぐ食事に行きましょう」
急がされるままにコンサート会場を途中で出て、レストランに向かった。
・・・コンサート鑑賞を中断させてしまった私のケーキの食べ方って、
どんなだったのだろうと、落ち込んだ。 「ちゃんとフォーク使ったよな・・・」とか、一晩中考えた。




9月その1


今月はドラマ放送だ。
ドラマを宣伝しに、NHKの生放送に出た。
朝8時30分からの生放送で宣伝させてもらえる!
朝8時28分に紀子さまご出産の一報が入った。
私の番組放送が急きょ中止になった・・・。





9月その2


ドラマの宣伝番組第二段だ。
今回は特集を組んでもらえる!
生放送だ。
なにも起こりませんように。
11時の放送直前、総裁選公示の一報が舞込んだ。

私の特集が、短縮になった・・・・。





9月その3


ドラマの宣伝は、実は今回が本命だ。
これまでの番組が悔しいことになったって、今回があれば大丈夫。 とりもどせる。
1時間に渡って、生放送でドラマ特集を組んでもらえるのだから!

放送直前、紀子さまご退院の一報が入った。
・・・番組が短縮版になった。





9月その4


いよいよドラマ放送だ。
なにも起こりませんように。放送中断になりませんようにと祈る思いで観た。
・・・クライマックスの場面で、画面に緊急ニュースが飛び込んだ。
「○△線人身事故のため運行中止」って、何回も文字が出た。

最後のクライマックスでは、また、緊急ニュースが入った。
「○△線、運行再開」って、何度も、出た。
その度ごとに、感動がヒクッと奥に引っ込んだ。

放送後、家族から感想のメールが来た。
「感想は、なし」と書いてあった。
・・・ため息ついた。

なにやっても、なんとなく全部、うまくいかないのが私の人生だ。





8月その1


ラジオに出演した。
たまに、女性パーソナリティで素顔の人がいる。
どうせ映らないから、というのが理由だろう。

男性パーソナリティで、テレビの時は黒髪なのに、ラジオだとほぼ白髪の人もいた。
それも同じ理由だろう。

今日は、歯がほとんどないパーソナリティだった。テレビの時はもちろん歯はある。
はふはふしながら喋っていた。
・・・それはあかんやろ、と思った。




8月その2


ハイキングの本を買って、ハイキングに行った。
私たち以外、山にはまったく誰もいなかった。
予想以上にうっそうとした不気味な山だった。
しばらく歩いていると、木がなにやら削られている。
友達がその削り跡を見て言った。
「・・・熊だ!」

人生で、あれほどダッシュして山を駆け下りたことはない。




8月その3


山は恐いから、ウォーキングの本を買って、ウォーキングに行った。
巨大な森林公園だ。
管理されている公園だからここは熊は絶対出ない。

歩いているとハチが襲ってきた。
帽子を振り回しながら、必死で逃げた。

恐怖に暴れながら走り続けていると、ヘビを踏みそうになった。
奇声を上げながら、走って公園を出た。

入園料を返してほしかった・・・。




8月その4


自然に懲りたから、屋外スイミングの出来るホテルの本を買って、スイミングに行った。
当日は、雨だった。
友達とずっと雨のプールを見続けた。
私は毅然と「泳ぐわ」と言った。
友達は「嘘やろ」と言った。

雨の寒空を泳ぐ私を、ホテルのベランダから何人もの客が「泳いでる!!」と叫んでいた。
カッコ悪かったけど、モトは取った、と私は納得した。




7月その1


久しぶりに5000人のホールで行われるライブに行った。
ステージもノッテイタが、客席はもっと面白い。
普通のおそらくは主婦だろう女性が、ビートに全身を委ねてのけぞるように痙攣し続けていた。
そこまでトリップできるのはうらやましい。

自分の過去のトリップがよぎった。
ロックライブを最前列で見ていた。
ボーカルが血のりを口から吹いた。
そして血のりで真っ赤に染まったTシャツをビリビリに引き裂いた。
その真っ赤な切れ端を、必死で客席から舞台に上がって、奪ったことがある。
翌日、赤い綿の切れ端を見て、「なんでこれがほしかったのだろう」と驚いた。




7月その2


ピアノの調律をしてもらった。
留守番を頼んだ人が、その報告を後で私にしてくれた。
「調律どうでした?」
「そりゃもう、美しい女性が来ました」
「・・・で、調律は?」
「ずっと物静かに上品でした」
「調律は無事に?」
「はい。最後まで素敵でした」

人の観察って、こんなもんなんだ。
美人は得なのか、損なのか・・・。




7月その3


宝塚に行った。
一緒に来た友人と、服がまったくダブった。
紺色のジャケットと白いパンツ。
一日中、照れくさかった。

夜、違う友達と食事だ。
また服がダブった。
友達がすかさず言った。
「私ら、ジュンとネネみたいやな・・・」
爆笑して、その古さに、ため息をついた。

当分、紺ジャケと白パンは着ないと誓った。




7月その4


東京駅の大丸地下で弁当を買いましょうと、一緒に帰阪する男性に勧めた。
「え?駅の弁当屋じゃないの?」
「食堂街のほうが美味しいです」
「うわ。ほんとだ!僕、ギンダラ弁当!」
「じゃ、私も」
「・・・こんな近くにこんな美味しいのがあると知らずにもう何十年も駅弁だけを食べてしまった」

ひとしきり喜んだ後、男性は落ち込んだ。
何十年もシュウマイ弁当だけの人生だったそうだ。
私は妥協は嫌いだ。
何食べても太るんだったら、ほんとうに美味しいものだけを食べて太りたい。




6月その1


私の原作・脚本のドラマ撮影が始まった。
『介護と恋愛』が『介護エトワール』に姿を変えて映像化だ。
文庫化も決まり、解説は上野千鶴子さんが書いてくださるそうだ。
とても有難い。
脚本家デビューとして、顔合わせ初日。
まるで入学式みたいな緊張と晴れがましさがあった。
「あとは頼む」とばかりに役者さんたちに台本を届ける気分。
そして、恩師に見守られる気分。
人生は少しずつ変化をしているようだ。




6月その2


女性学会がドーンセンターであった。
久しぶりにゼミ仲間と会う。
あのときの、どうしようもなくズグズグになって勉強していた仲間が、
女性学会の今は主軸にいる。
ちょっぴり自慢で、嬉しい一日だった。




6月その3


友達と伊豆の温泉に行く。
文豪が定宿としていたという宿に決めた。
古い建物のためか、部屋が臭った。
友達と、町中をアロマや、線香を買いに回った。
羽織を着ると、とても汗臭かった。
ずっとTシャツで過ごした。
食事は、どの皿にもアリが這っていた。
ほとんどを残した。
・・・いつも、よく思うことだけど、
もっとちゃんと商売しようよ。




6月その4


引越ししようと思った。
アリさんマークと、サカイと、アートと、
三社に見積もりをしてもらった。
10万円から22万円まで開きがあった。
知人が引越しをしたというので、費用を聞いてみた。
私と同じ女性一人暮らしだ。私と同じ引越し屋さんに頼んだという。
費用は90万円だったそうだ。
いったいなんの違いなのだろう。
持ち物の量か?暮らしぶりか?
ちょっぴり得意げな、ちょっぴりミジメな価格差だった。




5月その1


横浜に行った。
横浜の中華街でとてもとても高いお店に入ってみた。
・・・まあまあの味だった。
悔しいから、横浜中華街特集のグルメ雑誌を買いに行った。
美味しいと書いてあった店は庶民派だった。
雑誌片手に翌日も中華街に行った。
食べなおしだ!
・・・まあまあの味だった。
気落ちして帰りのタクシーに乗り、「まあまあだったね」と喋っていると、タクシーの運転手さんが「横浜で美味しいところはね・・」と話し始めた。
・・・だから、遅いっちゅーねん。



5月その2


あら。
また日経ビジネスオンラインの締め切り日だ。
前回は枚数が多かったので、目標枚数をやはり2枚に留めて書こうと決意した。
あまり長いと読者がしんどく思うだろう。
・・・6枚になった。

いったいどうなっているんだ。



5月その3


宝塚歌劇の司会をした。
私の出番はフィナーレ後だ。
全員が大階段の前でお客様へ笑顔と踊りを届けていた。
それを、舞台袖から見た。
彼女たちの笑顔は客席で正面から見ると、笑顔そのものが届く。
だが、袖で横顔から見ると、彼女たちの懸命さが届く。
そこは私にとってはSSS席だ。



5月その4


4時からのホテルのパーティに招かれた。
久しぶりのゲーノーカイメンバーが揃った。
パーティは6時までだったが、そこからそのままホテルで夜12時まで飲んだ。
やはりツワモノたちだと思った。
最近、執筆が多かったので孤独に過ごしていたが、
皆とにぎやかにとなると、ここまでいく。
どうしたらその中間くらいで生きれるのだろう。

あ、6月に本が2冊出ます。皆様よろしく。



4月その1


友達から「○月?日空いてる?」とだけのメール。
通常こんなときは私の食指の動かないお誘いであることが多い。
相手もそれをよく分かっていて、私に「空いてる」と先に言わせ、誘いを断らせないのが目的だ。
私は友達の魂胆はよーく知っているつもりだ。

私「なに?」
友達「森光子さんの舞台見にいけへん?」
私「・・・」
友達「ご招待やで」
私「・・・」
友達「若い80歳代を勉強しに行けへん?」
私「行く」

友達のほうが私をよく理解している・・・。



4月その2


日経ビジネスオンラインの連載が始まった。
紙面と違い、WEB誌は文字数が比較的緩やかだ。
ちょっとだけ書こう。原稿用紙2枚くらい・・・。
そう思って書いたら、4枚になった。ま、いいや。



4月その3


長崎にロケに行く。
スタッフに無理言ってロケ中、長崎ちゃんぽんだけは食べられる時間を取ってもらった。
長崎で食べる、長崎ちゃんぽんだ!
・・・まあまあの味だった。
スタッフに美味しいかどうか聞くと、皆が「うーん」と首を傾げていた。
帰りの飛行機に向かうタクシーで「まあまあだったね」と会話すると、運転手さんが「長崎で美味いところはね・・・」と教えてくれた。
・・・もう帰るっちゅーねん。



4月その4


日経ビジネスオンラインは、隔週だからもう締め切りだ。早い。
ちゃっちゃと書いてみよう。
原稿用紙3枚くらいにしようかな?
そう思って書いたら、5枚になった。
不思議だ。



3月その1


姪が結婚した。
寝坊して、式に間に合わなかった。
思えば、大学入試も寝坊した。

披露宴で、姪の同窓生がビルマ語で詩を読んだ。
母が「なにをくだらんことやっとんじゃ」と大声で言った。

兄嫁が豪華絢爛な着物姿に似つかわしくないズタ袋を持っていた。
「預けたら?」というと、私にウィンクして言った。
「中にタッパーが入ってるねん」

会食が始まった。
タッパーが私に回ってきた。
驚く私に兄嫁が「残ったもの全部洋子ちゃんが入れて。
私はほら、着物だから」と言った。

新婦の手紙の朗読のとき、母が
「あー、肩凝った。肩もめ」と私に大声で言った。

年々私には結婚式は遠い。
母も違った意味で、かなり、遠い。
っていうか、死にたい。



3月その2


クラッシックコンサートの司会した。
すごいんだ。
皆、プロってさりげなくとんでもない難曲を弾くんだ。
むしょうにメトルコ行進曲モとか弾きたくなった。
なんで、トルコ行進曲でレッスンが止まったのかと、
小学生の頃の自分に戻って人生をやり直したくなった。

家族が皆、コンサートを聞きにきた。
私のピアノの発表会以来のご一行様だ。
終わって皆で、会場近くの
アウトレットショッピングセンターで買い物した。
そして、皆でイタリアン食べた。

ピアノの発表会の向こうに、クラッシックコンサートがある。
音楽聴いたら、その日一日は、家族がずっと浮かれる。



3月その3


ずっと飽食気味だったら、やたらと太った。
講演中に、舞台の上で、パンツのボタンが弾け飛んだ。
パンツが落ちないように、片手で押さえて喋った。
すると、ジャケットの前ボタンが飛んだ。
太ると、服って壊れていくんだ。
びっくりした。
一日で2個のボタンが飛ぶと、なんか、誇らしさと情けなさが同居した。

女友達に「ボタンが飛んだ」と自慢した。
一人が「誰が縫うの?」と聞いた。
皆、自分で縫うそうだ。
私は「実家でお姉ちゃんに縫ってもらった」と言った。
そしたら、軽蔑された。

自立してる女は皆、きびしい。。。



3月その4


トリノオリンピックだ。
話題のフィギュアのショートの日だ。
朝の5時に友達が「安藤みき見てる?」と電話してきた。
「寝ようと思ったのに」と返事して切った。
朝6時にまた「荒川しずか見てる?」と電話。
「もーっ」と言いながら見た。
朝7時に村主ふみえの出番だ。
ずっと起きてて電話を待った。
・・・電話は鳴らなかった。
どうやら寝たらしい。

自立してる女は皆、勝手だ!



2月その1


ケーブルテレビが入った。
家に初めてテレビが入ったときって、こういう感じなんだろうか。
いっぱいチャンネルがあった。
工事の人の説明を聞いて、うきうきした。
どっちもニコニコして話した。



2月その2


ケーブルチャンネルを見る間もなく、倒れるように寝る日が続いた。
でも絶対見るんだ。
ケーブルテレビ。



2月その3


寝坊した。
ケーブルテレビ見ないで、仕事に行った。
起きて30分後には、化粧した状態で取材を受けた。
目はまだ腫れてて、顔にはシーツの跡があった。
ケーブルテレビ見れないまま、新幹線に乗った。



2月その4


ケーブルテレビ・・・・いっぱい見れる契約をやめて、
ちょっとだけ見れて安いほうに契約変更した。
きっとこれが正解だ!



2月その5


私の誕生日だ。
毎日のように、知人に祝ってもらう日が続いた。
毎日、毎日、午前様で倒れるように寝た。

・・・・ケーブルテレビ、断わった。



1月その1


めずらしく、洋服で正月を迎えることになった。
「明日は着物を着なくていい」と前夜思うと、寝坊した。
実家に行くと、すでに家族は喧嘩して、正月早々、何人かが泣いていた。
・・・巻き込まれずに済んだ。
今年は、意外と、ラッキーかも!



1月その2


友達の誕生日。
夕方6時に集まって、朝6時まで騒いだ。
誰も、途中で「帰ろう」って言わないんだ。
舞台練習のある子は、12時から参加して朝までいた。
体力がないとプロになれないって、このことなんだと感心した。

白々と夜が明け、自分の車に戻ると、
駐車禁止の黄色いタッグがぶら下がってた。
騒ぎすぎたのか、駐禁がショックなのか、・・・目まいがした。



1月その3


12月分の光熱費の請求書が来た。
その月、自宅にいたのは1週間くらいか。
5万円だった。
使いすぎちゃうん?
っていうか、壊れてるのとちゃうん?

東京ガスを呼んで調べてもらった。
どうすれば熱量が上がらないか教えてもらった。
聞くと、皆、必死で節約しているそうだ。
その日から私は、歯は水で磨き、床暖房もやめた。
ガチガチ震えながら生きた。

文明は、なんのためにあるのだろう・・・。



1月その4


昨日すっぽん鍋食べた。
今日は鹿児島に仕事で行き、
大阪に戻ってジャズライブに行き、深夜にふぐ食べた。
明日は岐阜で仕事だ。
私はみごとな体力があるのだろうか。
すっぽんに、みごとな力があるのだろうか。
この勢いで1月を走って、一年持つだろうか。