遙の日記・独り言

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2004年12月その1


ミュージカル「エリザベート」を観にいった。
思わずロビーで買ってしまった弾き語りの楽譜を手に
「誰に聞かすというのか」と座席で落ち込む私に、友達が言った。
「自分のために歌えばいいじゃない」

いい言葉だ。


2004年12月その2


定年を待たず退社したディレクターだった友達。
卒業パーティには、ミュージシャンが山ほど集まった。
60間近の男性がヘビメタを狂ったようにシャウトした。
その男性が口から吐き出した血のりのついた、
引き裂かれて飛び散ったTシャツを、
無我夢中になって、舞台に取りに上がった。
ついでにその男性に抱きついてしまった。
燃えてるオヤジはなぜか格好よかった。


2004年12月その3


先輩女性宅で、ホームパーティだ。
床はすべて石。
建具はすべてガラス。
まるでおとぎの国の城のようなマンションだった。
落としたグラスはすべて割れた。
こういう贅沢もある。


2004年12月その4


北海道ロケに行った。
市場で、神田川さんが店頭に並んでいた
1mほどもあるオオダコにかぶりついた。
タコを噛み千切って、むしゃむしゃ食べた。
それもびっくりしたけど、それをちょっぴり困った顔して、
また売り場に並べた店の人にもびっくりした。
寒さは人をおかしくするのだろうか。


2004年12月その5


携帯電話を家に忘れた。
一日中、落ち着かず、不安だった。
緊急の用事があったらどうしようとドキドキした。
夜、大急ぎで家に帰り、携帯の着信履歴やメールを見た。
どちらも一件も入ってなかった。
自分は自分で思うほど、
誰からも特に必要とされていないと、妙に納得する。


2004年11月その1


写真撮影があった。
公園でポーズをとる私の足元にあったゴミをダッシュで拾ってくれたのは、
その道20年のベテランスタッフだった。
若いスタッフは動けないでいた。
健康だから若いからといってダッシュできるんじゃない。
今なにをすべきかが分かることがプロなんだ。
なにをすべきか分からなければ、
どれほど健康でも若くても、ずっとじっと立っているしかない。


2004年11月その2


ザ・オヤジと食事した。
「好きなもん食べなさい」と言って、
彼は自分の酒の肴だけを注文した。
とりあえず私も一品注文したけど、
遠慮してそれ以上注文できなかった。
腹ペコのまま食事会は終わった。

その店で知り合いの青年に会った。
「連れがいるので遠慮しときます」とその青年は言うのに、
無理やりザ・オヤジは私たちと同席させた。
その青年は不倫相手の女性連れだった。
とても気まずいデートになった。

カラオケ行った。
「私は歌いたくない」と言うのに、許してくれなかった。
周りの人もザ・オヤジに気を使い、私に歌うことを勧めた。

ザ・オヤジは、いつもご機嫌だ。
他人の都合など一切気にしない天下無敵のザ・オヤジ。
誰が野放しにしたんだ。


2004年11月その3


若いスタッフと二人で食事した。
私はそのスタッフに「好きなもん食べなさい」と言った。
スタッフは遠慮して注文しなかった。
だから私は15品くらい注文してやった。
ひーひー言いながら食べ、一杯残し、
二人でお腹たたいて帰った。

昔、見合いしたとき、「好きなものを食べてください」
と相手の男性は私に言った。
そして、そのときも私は、最初に一品注文し、
それが最後の一品だったことがある。
「好きなものを食べて」と言う男性に限って、
食べれたためしがない。
空腹のトラウマが15品注文させる。


2004年11月その4


高市早苗さんの結婚披露宴にご招待いただいた。
「悔しいやろ」とウェディングドレスの新婦が私に言うので、
「悔しい」と私は言った。
私からのすっごいお祝いの言葉。
お幸せに。


2004年10月その1


長野の御泉水自然公園に行った。
この世のものとは思えない美しさだった。
木立ちを見上げて歩き、都会のストレスを全身から放出した。
ぐちゅと音がした。
犬のウンコ踏んだ。
ぎょえーって叫んで走った。
大阪に戻っても、しんどいとき、あの自然を思い出す。
でもすぐそのあとに、踏んだウンコも思い出す。
どうも、うまくいかん。


2004年10月その2


ネスプレッソ、買った。
コーヒー一杯分だけのエスプレッソマシン。
一杯分だけいつも新鮮なコーヒー豆で作れるんだ。
最高のシングルエンジョイアイテムじゃないか。
ミルクを蒸気で泡立てようとして蒸気ノズルをカップに突っ込んだ。
バシュンと暴発音がして、カップは空になり、全身にミルクをかぶった。
どうも、うまくいかん。


2004年10月その3


地方の旅館に泊まった。
労働を刻み込んだ手で、仲居さんがお給仕してくれた。
夫は死んでいないというので、
「よかったですね、自由で」と言ったら、叱られた。
「よほどいいご主人だったのですね」と言ったら、
「そうでもない」と言われた。
「じゃなにが辛いんですか?」と聞くと、
「夫がいないと用事を全部自分でしなきゃいけないのが辛い」
と仲居さんが言った。
「よほど動いて助けてくれるご主人だったのですね」と言うと、
「そうでもない」と言われた。
・・・どうも、うまく会話ができん。


2004年10月その4


百貨店のバーゲンセールのイベントに行った。
久しぶりのタレントらしい仕事だったから、
スパンコールの衣装で出かけた。
そして、確信した、
私は派手が好きだ。
私はやっぱりチャラチャラしてるのがご機嫌だ。
人の気持ちの有りようは、90%が服で決まる。
騙されたと思って、皆、派手な服を着てみてほしい。
それだけで幸せになれるから。絶対。


2004年10月その5


犬の皮膚アレルギーが治らない。
実家に帰った。
犬を心配する私に近所のおばちゃんが言った。
「あんたのとこにいると、犬は病気になるんや」
そして私を見て言った。
「また痩せたんか」
すごく、すごく、大阪的で、一度帰ると一ヶ月は近寄りたくないエリア。
それが、実家だ。


2004年9月その1


捕鯨に関する仕事がある。
彼らの熱心さに共鳴しようと、
事前勉強に3千円のハリハリを食べてみた。
・・・おいしくなかった。
聞いたことのない部位が出てきた。
・・・気持ち悪かった。
しないほうがよかった勉強というのもある。
いつも“前向き”が自分の首をしめる。
当日、どうするつもりだ。



2004年9月その2


捕鯨関係者に正直に言った。
「どこがおいしいのか分からない」と。
「じゃおいしいところに連れてってあげる」と連れて行ってもらった。
「これが鯨ベーコン」
「うひぇー」
「これはサエズリ」
「うひょー」
「これがコロ」
「うっ」
「そしてこれがハリハリ」
「うぎょー」

この世のものとは思えない舌触りと感触。
もう一度食べたいと思った。
食って文化だったんだ。
いつの間にか噛みなれたモノ、触りなれたモノ、
飲みなれたモノばかりを順繰りに食べていたことに気づいた。
もっと、体験したことのないおいしい感触ってあったんだ。
食はパッションだ。エキセントリックだ。



2004年9月その3


鯨を食べたことを知人に自慢した。
店の名前も言った。
すると知人は「あそこ、一皿が1万円するよ」と言った。
「一万円?」
「そう。一皿」
パッションすぎる。。。エキセントリックすぎる。。。
おいしいと思った途端あきらめねばならない拷問。

神はいつも残酷だ。



2004年9月その4


気になるメールをファンからいただいた。
お返事出したけど届かなかった。
もりもりよんよんさん。
お元気だろうか。どうしてらっしゃるだろうか。



2004年9月その5


阿寒湖に行った。
せっかくだから最高にゴージャスなホテルを予約した。
案内された部屋は電話が切れていて、そのうえ虫だらけだった。
フロントにいちいち携帯で電話し、夜中ずっと虫を殺した。
汗だくで目が血走った。
7匹目で疲れ果て部屋を変えてもらった。
次の部屋はエアコンが壊れていた。
違う意味で汗だくになった。
私がついていないのかな?
それともそんなもんなのかな?この社会が。
・・・一泊3万円で二人で6万払った。
そんなもんだって、どこのどいつがあきらめられるけっ。




2004年9月その6


新番組が始まった。
豪邸訪問っておもしろい。
大黒さんや金の竜や、七福神が一杯あったり、
逆になーんも置いていない家とか。
どこの奥さんも、幸せそうだ。
結婚が幸せかどうかわからないけど、
少なくとも豪邸は絶対奥さんを幸せにすると確信した。
「よかったですねー」と心から言えた。
ほしいものって人によって違う。
私がほしいのは、大黒さんでも、夫でもない。



2004年9月その7


最近、グッチ裕三の料理番組にはまっている。
私が今一番ほしいのは、グッチ裕三の踊るエプロンだ。
あれ着て、秋の夜長を踊りながら料理を作りたい。
ガンガン音楽鳴らすんだ。
洒落たディナーを作るんだ。
誰がなんと言おうが、私一人のために。


2004年2004年8月その1


東京駅で駅員と喧嘩した。
新幹線内で、車掌とモメ続けた。

ああいう無様な人間になるまいと、
そう誓った人間に、着実になってきている。

それだけが、私の人生で確かなことだ。


2004年 8月その2


衣装を大阪から東京のマンションに持っていき、
そのままマンションに置き忘れて局入りした。
マンションに取りに戻ったマネージャーは、
私の部屋の鍵を持っていくのを忘れた。
私は楽屋に入ろうとしたが鍵を中に入れたまま
自動ロックされて締め出されてしまった。
車に乗ろうとしたら鍵がない。
車の鍵をマネージャーが持ったまま帰ってしまった。

皆がアホになった猛暑の日。


2004年 8月その3


NYに行くことにした。
リトルイタリーでピザ食べた。肉厚ピザのうまさに唸った。
チャイナタウンで飲茶食べた。広い店には中国人しかおらず、感心した。
コリアンタウンでキムチ山ほど食べた。サラダみたいでびっくりした。
NYで一番お洒落といわれる店でフレンチ食べた。
「ポンズ」とウェイターは発音した。それを頼むと、ポン酢味だった。びっくりした。
マグロの下の黒いドレッシングは醤油だった。
そうか。NYではこれがフレンチなんだ!って、そんなわけあるけっ。

『オペラ座の怪人』の客席がやけにご陽気だ。
ヘルスセンターみたいだった。
一番哀しい大事なシーンでオヤジが大声でくしゃみした。
悔し泣きしてホテルに帰った。

サウナに入ると、巨漢の女性たちで満杯だった。
温度より、酸素不足で苦しくなった。
こんな苦しみ方もあるのだと勉強になった。


2004年 8月その4


イギリスBBC放送のニュースに出演した。
日本における「結婚しない女」の代弁者として。
もう何カ国の取材に答えただろう。
「結婚しない」。
それだけで、世界がインタビューに来る。
いったい、どっちが奇異なんだ。


2004年 7月その1


エレベーターで年配の女性に「奥さん」と声かけられた。
血圧があがって顔が赤くなった。
う・・・・うれしい。
絶対結婚したくないけど、昔々結婚したかったころの自分が喜んだ。
桂由実ブライダルファッションショーだって見に行くもんね。
でも、毎日家で私の帰りを待つ男がいる生活はいらない。
どう考えたって、つくづく、ほんまに、いらんのだ。


2004年 7月その2


車屋さんと喧嘩する。
女性を小ばかにする上司と、私に手放しで追い詰められる怯えた子羊のような部下。
わかりやすいセットだ。
仕事ができない男性は、心から、いらん。


2004年 7月その3


病院の先生と喧嘩する。
主張の多い私を「わがまま」と怒る。
だから素直で穏やかな女性に極端に変身することにした。
そしたら、急に上機嫌の医師になった。
私が心から軽蔑しているのが、彼にはわからない。


2004年 7月その4


ホームパーティに招かれた。
あまりに子供がうるさいので私がマジギレして怒鳴った。
子供を叱ったら、その家のお祖母ちゃんまでシュンとした。
家族全員を叱ったつもりじゃないのに、皆、静かになった。
「あれぇ?」と思いながら帰った。


2004年6月その1


青森に行った。
おいしそうな店を歩き倒して探した。
夜、寿司食べて、その後、イタリアンのコースも食べた。
マネージャーが「まだ探すんですか?まだ食べるんですか?」
と言いながら私の後をついてくる。
そう。まだ、探し続けるし、まだ、食べ続けるのだ。
これからもずっと。


2004年6月その2


ある番組で、「熟女予備軍」と私の紹介が台本に書いてあった。
由美かおるさんの入浴シーンがその日のトークテーマだった。
それって、「もうじき由美かおる」っていう意味でしょ?
それって、嬉しいことなの?
単純に喜べない自分がいるんだけど。

あ、由美かおるさんは、好きです。


2004年6月その3


雑誌の撮影だ。
表紙だ。
気合入れて、写真一杯撮った。素敵に写してもらった。
ほぼ、由美かおるになった。
これって、どうなんだろ?
まだ、すっきりしない。


2004年6月その4


「コンビニ行かなくていいですか?」と
マネージャーがホテルに入る直前に私に聞いた。
「なぜ?」
「ホテルの飲み物は高いですから」

部屋に入ると、カップヌードルが400円。ナッツが300円。
コーヒーが350円というフダを立てて並んでいた。

高すぎる。

夜、眠れなかった。
ずっと、それらの金額を睨み付けて「なんて高いんだ」と唸った。
「高いから食べちゃだめ」と思って睨みつづけ、
結局、カップヌードルもナッツも
コーヒーも、全部、食べてしまった。
「やっちゃだめ」と言われると、全部、やってしまう。

神様。




2004年5月その1


豪邸を自分で買った女友達と、芝居を一緒に見に行った。
むち打ち症になったと言って、首にコルセットはめていた。
そうまでしても約束を守って、やってきた。
そういう根性がある奴が、豪邸を立てられるのだと妙に納得した。

観劇後、豪邸まで送ってあげた。
一時間後、電話が鳴り、
「夫が寝てしまい鍵を開けてくれる人がいず、家にまだ入れない」
と言った。
「今、どうしているの?」
「道でしゃがんでいる」
「一時間も?」
「そう」
女の頑張り屋は、どこまでも救われんと、涙が出た。




2004年5月その2


ロケでシンガポール行った。
屋台で3食を済ませる人が多く、結果、女性の管理職がやたら多いそうだ。
家事から解放されたら、やっぱ、女も出世するんだ。
家でカレー作った。

ジャガイモを洗った。皮をむいた。包丁で切った。水を煮た。
そこに入れた。ぐつぐつ煮た。
ニンジンを洗った。皮をむいた。包丁で・・・・・。
玉ねぎを・・・・・。

やってられんと思った。




2004年5月その3


別の女友達の豪邸の新築祝いに行った。
まったく、最近は新築流行りだ。
その家には、ほぼ、キッチンがない。ダイニングも、ない。
「家でご飯を作らないから」と女友達は言う。
ご飯を作ることなどに時間を費やさなかったから、
豪邸を建てられたのだと、妙に納得した。

男が建てる豪邸は、妻用のキッチンが充実している。
女が建てる豪邸は、キッチンなど必要じゃない。
わっかりやすい話だ。



2004年5月その4


最近、40代から50代の管理職の男性のファンが増えた。
メールをいただいて、読んでみると、
非常に純粋なおじさまがいることに驚いた。
講演会も、企業管理職からの依頼もいただく。
変わろうとしているおじさまもこの世にいる。
びっくり。
うれし。


2004年5月その5


徳島県の小学校の体育館で講演だ。
山の奥の奥まで車で走るのだ。
着いてみると、そこに子供を通わせたいがために子供を産みたい、
と思うほどの素敵な超ウッディな小学校だった。
南フランスの片田舎の上流階級の子が通う小学校みたいだった。
そんなんあるかどうか知らんけど。。。
山の奥は走ってみると、とんでもないものに出会える。


2004年4月その1


家族の還暦祝いの花を注文するのを忘れた。
駅の花屋に並んだ。
30分待ったがまだ一人目の客の花束も出来上がらないほど、
スローマイペースの男性店員だった。
彼はこちらを一瞥もしない。
彼は大勢の客が身体を壊しそうなほどイラついていることから逃げている。
こういう鈍く自尊心だけが高い男性には、避けても避けても、
どこでも出会ってしまう。
私は花をあきらめた。
家に帰ると、フンギャーと叫ぶくらい、
小さな花が一つだけポツンとあった。

哀しかった。


2004年4月その2


20周年記念番組に出た。
デビュー当時の自分から現在の自分までをVTRで見た。
20代の頃の自分は、ぶっさいくだった。
誰だ。あの頃「きれいですね」なんて言った大嘘つきは。
その気になったぶっさいくな女が、したり顔でカメラ目線で喋っていた。
へこんだ。
鏡で今の顔を見た。
老けた。
いったいいつきれいだったんだ、と、叫びたかった。


2004年4月その3


京都に花見に行った。
底冷えのする夜に、夜桜の下で食べるすき焼きは最高だった。
肉が最高。酒もうまい。最後にきつねうどんまで食べた。
ワーと顔をあげて桜を見たのは一瞬。
あとは帰るまでひたすらうつむいて食べ続けた。
桃源郷のような乱痴気騒ぎは大好きだ。


2004年4月その4


全米紙の新聞社から取材依頼がきた。
日本女性の本音がわからないそうだ。
そりゃそうだろう。
私自身だって、本当の自分が長年わからなかったのだから。
結婚したいと思っていた自分が、今では信じられない。


2004年4月その5


友達夫婦の新築祝いに行った。
豪邸だ。
「これを男にまるまま買ってもらう生き方もあるんですね」
と先輩女性に言うと、
「その代わり、掃除自分でせなあかんで」と言われた。
「やっぱりいらん」と言った。


2004年3月その1


新幹線の最終に乗ると、ろくでもないことが続く。
隣のおやじは、ちくわを食べる。
そして、汗臭い。そして、ビール飲む。
首の前後に脂肪の塊がゆれる。
おやじに背を向け、窓の外を見ながら大阪まで着こうと思ったけど、
窓にはおやじのちくわ食べてる顔しか映らない。
しまった。夜だった。
まったく、美しくない生き物。

それはおやじ。

おやじ見た日は、目を洗いたい。


2004年3月その2


新幹線の最終に乗る。
隣のおやじは、お茶を取り出した。よかった。酒じゃない!
それからおやじは、ずっと茶をぐびぐび飲みながら、
あられを音を立てて食べつづけた。

30分。

30分もあられを食べつづけられる生き物がいる。
そして靴を脱ぎ、イビキかいて寝始めた。
この悪臭のする、起きても寝てもうるさい生き物はいったいなんだ?
窓側に顔をそむけると、
窓側の肘掛の奥から、靴下はいた足が、にょきと突き出している。
後ろのおやじのだ。

神様。彼らを射殺してはいけませんか?


2004年3月その3


相撲見に行った。
おやじって、勝手によく人の体を触るよなぁ。
「あんた、あの人やな」って、名前も知らないのに、気安く肩触るよな。
おやじって、人類か?
おやじを毛嫌いしながらも、相撲のチケットとってくれるのも、
年配の男性だったりするんだ。
くそっ。
嫌いなのに、必要だ。
くそっ。くそっ。

夜の相撲のニュースに相撲を楽しむ自分が映っていた。
ちょーうれしい。
ニュースに映るって、どうしてこう興奮するんだろう。
桝席でもらった豪華三段弁当の食べ残しを、
姪に土産だといってプレゼントした。
ここには卵焼きが入っていたんだよ。
ここには魚が入っていたんだよ。
ポッコリ空いた隙間を、そう説明しながら、指差した。
姪は「ふーん」と言いながら、嬉しそうに、残りを食べている。
そして新たな隙間を見つけては私に
「おにぎりは一個だけ食べたんやな」とか聞く。
「うん」と私は言う。
兄嫁たちが、嬉しそうに弁当を覗き込む。
一箇所だけ欠けているご飯の隙間を見て、声を上げて笑う。
不思議と盛り上がる。


2004年3月その4


シンポジウム見た。
たまに震え上がるほどかっこいい女性に出会う。
それが、上野千鶴子さんと、田中美津さんだ。
今回も改めて思った。
フェミニズムと、リブが好きだから、
彼女たちがかっこいいと思うんじゃない。
私が、かっこいいと思う女性が、フェミニズムの人であり、リブの人だった。
阪神タイガースが好きなんじゃない。
私が素敵だと思う選手たちが、タイガースだった。
私もかっこよくなりたいと思った。
家に帰って、鏡を見ると、エリからタグが出ていた。
パンツにはチューインガムがひっついていた。

・・・・・こんな格好で新幹線乗ったんだと思うと、哀しくなった。
私はかっこよくなんか、なれそうもない。


2004年2月その1


男友達の誕生日に家に押しかけた。
彼の妻と、母親と、義母がいた。
誕生日くらいは、妻孝行して、親孝行して。
そういう夫としての心配りが胸に響いた。
誕生日ですら、日頃やりきれていない自分の責任みたいなものを、
果たそうとしているように見えた。
きっと、私が男でも同じことをしただろうな。
ジェンダーって、切ないな。


2004年2月その2


コンサートチケットを友達に頼んで2枚とってもらい、BF誘って行った。
ホール窓口でチケットを受けとると、前後の席だった。
なんで、前後なんだ?普通、2枚って言ったら横並びじゃないのか?
以前、ショーのチケットを2枚、局にとってもらったとき、
一階席と二階席だったことがある。
皆、いったいどういう神経してるんだ?
前後とか、一階と二階じゃ、一緒に見る意味ないじゃん!


2004年2月その3


局では、モモコの周りは人で一杯だ。
私も彼女ほどではないが、自分の関係者に囲まれて動いてる。
お互いに、仕事場ではグループで動く。
携帯電話が鳴った。
モモコからだった。
「一階に一人で来て」と言う。
降りていくと彼女は一人だった。
大きな鞄をゴソゴソと探し、くちゃくちゃの紙袋を取り出し、
「洋子ちゃんのお誕生日プレゼント」と言ってそれをくれた。
くちゃくちゃの紙袋から、くちゃくちゃのTシャツが出てきた。
私に渡そうと書いたはずのカードは、最後まで鞄から見つからなかった。
懸命に生きている人間を、目の当たりに見るだけで、胸を熱いものが走る。
彼女を見ていると、いつも私は泣きそうになる。


2004年2月27日


私の誕生日だ。
大勢の人から祝ってもらった。
「一人だ」「孤独だ」と呪文のように言っていると、
最近、ド派手な誕生日が続いている。
よくないことだ。
こんな幸せが続くと、きっと、ろくでもないことが待っているに違いない。
し・あ・わ・せ、なんて言葉は、最も自分に適さない言葉だ。

恐い。不幸じゃなきゃ、落ち着かない。。。


2004年1月その1


今年は、完璧に着物姿を作り上げた。
妥協しないお洒落はやっぱり気持ちがいい。
初詣には、着物姿の人たちがほとんどおらず、
これから衰退していくファッションなんだと思い知らされた。
しかし、ジャージに近い姿で正月を迎える意味が私にはわからない。
実家に行くと、
甥と姪が10数人着物姿で椅子に座る私の周りをしゃがんで囲み、
眩しそうに見上げていた。
けっこうなことだと思った。
「洋子おばちゃんはなんで結婚せえへんの?」と子供達が質問した。
「おばちゃんはね、
お前たちがもっと小さい頃に何度も結婚しているのだよ」と答えた。
子供達は顔を赤らめてうつむいた。
「そんなばかな」と思いつつ反論できないのだ。
私が美しすぎるから。
けっこうなことだと思った。


2004年1月その1番外編


姪がカナダから帰り土産にカラメルシロップのボトルをくれた。
「これは一気に飲めばいいのね」と聞くと、必死で顔を赤くして
「飲んだらだめ!少しづつパンケーキとかにかけて食べるの」
とやっきになって説明した。
「あら、そうなの?」と返事した。
わかっとるわ。ぼけ。
ちょっとからかっただけじゃ。
それほど世間知らずの叔母だと私は思われている。

ま、けっこうなことだ。


2004年1月その2


今年はガンガン本を出すと決めた。
正月休みは原稿書きで使いつくした。
300枚を一気に書いた。


2004年1月その3


パソコンで書き上げ、出版社に送ろうとしたら、300枚の原稿が消えた。
大騒ぎしたが、結局出てこなかった。
もう一度書くしかなかった。
でも同じようには書けない。
書くという行為は、パッションなのだと知った。
パッションはなぞれない。
真似られない。
自分は創造の神だと強く信じることで、また300枚書いた。
死ぬかと思った。


2004年1月その4


書き上げたものを出版社に送ろうとしたら、パソコンが壊れた。
今年は呪われている。
呪え。
私は負けない。


2004年1月その5


風邪引いた。
久しぶりに点滴打ちながら仕事した。
こんなときだけ、こういうときだけ、一般職がうらやましい。
医師から絶食の指示が出た晩、食事会だった。
ご主人が「遙さんのために」と言って、
本マグロと、ドテ焼きを出してくれた。
歯をくいしばって食べた。
一晩中唸った。


2004年1月その6


次の日は昼食会だった。
生気なく出席すると皆が「病気か?」と聞いた。
討論会のような仕事の後、点滴うけて、ビューティトークイベントに出た。手を震わせながら「美しさ」を語った。
夜、フランス料理の食事会だ。
死ぬ。


2004年1月その7


三大シェフのトークショーだった。
和洋中の食事をいただきながらのトークセッション。

だから、
食べられへんっちゅーの。


2004年1月その8


東京に入り、夜はっていうか朝5時まで食事会。
ははは。もう笑うしかない。
朦朧としてた。もう3日でも続けて喋られる。
たまに喋りハイになるが、瀕死の喋りハイはもう幻覚症状に近い。
私、大丈夫か。



2004年1月その9


大阪に戻り、
ハリハリ鍋と、てっちり鍋を一晩で二鍋をいっきに食べる食事会だった。
はっはっはっ。食べた。
目一杯食べた。
食事会前に2時間あったので、ふらふらしながら
「バレエに行く」
と事務所の社長に言うと、
「バレエに行かず、点滴しに行ってから食事会行きなさい。
行くべき場所が違う」と叱られた。
バレエにさえ行けば、すべてが解決するような気がしたのに。



2004年1月その10


バレエに久しぶりに行った。
皆が「やつれたね」と口々に言った。
なんであんなに食べてやつれるんだ。
風邪ってすごい。食べても食べてもやつれるんだ。
でも、もう大丈夫だ。
だって、バレエができたから。

ひゃっほーい。